2009年9月5日土曜日

As Above, So Below

目覚めると世界が変わっていた。

ファンタ・グレープを飲みながら目を擦り、
僕はボヤケた視界の焦点を少しずつ調整する。

外側の世界が新しいページを開いたというのなら、
僕も違う引き出しを開けてみようじゃないか。

テレビのニュースがいつから情報より
噂話みたいなものの方が増えてしまったのかわからないけれど、
自分の中にある地軸がひっくり返ったりしないように、
頭と足のバランスをとらなくちゃ。

天の如く、地もその如し。

これは僕の勝手な訳し方で、
普通は『下にあるものは上にあるものの如し』なんて訳されている。
エメラルド・タブレットに刻まれていたとされる言葉。
このたったひとフレーズで世界のすべては表現されているのかもしれない。

そんな思いを甘いジュースと一緒に飲み干した後、
何年も前にハードディスクに録画したまま、
ずっと見ていなかった映画の再生ボタンをようやく押した。

『タイタンズを忘れない』というディズニー映画。
アメフトのザ・セイシュン・ムービーなのだが、
アメリカ社会で肌の色の違いが受け入れられていく時代背景とストーリーが、
映像と音楽と人間ドラマをうまくリンクさせながら展開していく。

ポップの王様が歩いたイバラの道をダブらせながら、
決して他人事ではない身の周りの世界の昨日と明日に思いを馳せた。

一度、未来の人々の目を借りて、今の世界を眺めてみたい。
或いは、昔の人々の心を覗いて、失くしものを探してみたい。

新しいダイアリーを手に入れると、嬉しくて色々書きたくなるものだが、
これまでの日記を読み返し、少し先の未来に耳を傾けると、
今日が新しい引き出しから新しいダイアリーを取り出すのに最良の日だと気づく。

本当のところ、それは昨日であっても、
明日であっても構わない、ということの裏返し。

昨日でも明日でも構わない。故に今日である。

毎日が二度と来ない特別な一日であることに気づくと、
誰でも一日一日を大切にしたいと願うもの。

あの日をもう一度、という思いも、この先もう二度と、という思いも、
今、ここで掴んだり、抱きしめたりする事はできない。

けれど、今日という特別な日を、今、ここで、噛み締めることは可能なのだ。

そうだ。

新しいダイアリーの表紙には、こう記そう。

『二度と来ない一日』