子供の頃、砂場で城や町を作ってその中を水が流れるように、よく水路を作ったものだ。
あの時、勢い良く流れた水のように、きっと多くの物事が、同じ法則に導かれ、同じような振舞いをするのだと思う。
ところで僕の愛用しているIntel MACが、よりにもよってライブの大詰め作業に差し掛かったこのタイミングで壊れてしまった。
アップルストアのジーニアス・バーに急いで持ち込んだものの、早くても修理に数日〜1週間ぐらいかかるかも、との診断。
オー・ジーザス!!
なんという試練!!
動かなくなったMACを、こりゃもう絶望的…と途方に暮れ呆然と見つめること数十分、ふと部屋の片隅で寝息をたてながら鎮座する引退したG4 MACが目に入った。
今までの作業は振り出しに戻るけれど、もう一度、水路を作り直して水を流すチャンスは残っているかも知れない。
とはいえ、何もなかったように、涼しい顔してステージに立つために残された時間はごく僅か。
今できることと、できないことを迅速に見極め、なんとかこの大ピンチをチャンスに変えるぐらいの道筋をつくらなくてはならない。
それにはチャンスが何処に向かって流れてゆくものなのか?自分の経験値から推測するしかなさそうだ。
僕の目には、チャンスとは『純粋なる欲求』と『ひた向きな日常的な努力』が交差する地点に向かって流れていくように見える。
子供の頃、砂で作った町の中を、どうすれば水が流れるのか?誰に教わるでもなく、遊びながら学んだように、
あるいは、水がどう流れるかを工夫することに楽しさを見出していたように、
絶望の砂で作ったステージまで、チャンスが勢いよく流れ込むような水路作りを、最後まで諦めることなく、大いに楽しんでみたいものだ。
P.S.
ロックオペラ『HAMLET』で大変お世話になった加藤和彦さんのご功績を偲び、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
